白い花

症状のパターンについて

脳の命令と確認が繰り返されることで、人は連続した行動によって何かをすることが出来るようになる。
シャツを着て、ボタンを止めて、セーターをかぶって袖を通す。この一連の動きだって、いくつもの命令と確認が積み重なって行われているのである。
そして、命令と確認を伝達する物質であるセロトニンが不調をきたすと、連続した行動のうちのある部分で、人の行為は止まってしまうのである。

再三書いているように、汚れを落とすこと、安全を確認すること、この2つの事柄について、特に命令と確認が上手くいかなくなってしまうから、強迫性障害は起きる。
そういうわけで、逆に言えば強迫性障害の症状はいくつかにパターン分けすることが出来ると考えられるのである。

例えば、「安全確認」に関する症状と、「汚れを落とす」ということに関する症状をパターンとしてまとめてみるのも良いだろう。
手を洗うだけではなく、お風呂に入るとか髪を洗うとか、とにかくそれに関するさまざまな行動が、強迫的な観念によって繰り返されてしまう。
ガスの元栓や、水道の蛇口、窓の戸締まり。家を出る前にやるべきあらゆる事柄について、強迫性障害は顔を出すことになる。このような2つのパターンが、まずは挙げられるのである。

また、「汚れ」には身体の汚ればかりでなく、精神的な「汚れ」のようなものも強迫的なものとなり得る。
例えば、神仏に対する向かい方。お寺へのお参り、お墓参り、それらのことを行うときにちょっと考えが脇道にそれたり、関係ないことを考えていると、そのことが拭えない罪悪感となってお参りが止まらなくなるのである。
何度も神社の鈴を鳴らし、柏手を打つ。線香を何本も立てる。飽かずに手を合わせ続ける。こういう症状もまた、強迫性障害では起こりえるのである。